2012年9月2日

引越し

実家を出て新たな土地での生活が始まった。
早くこの土地に慣れたいと思って、周りを歩きまわったり、
その辺のお店に入っては引っ越してきたばかりというのを話題に自己紹介をしたり。
近くのおにぎり屋のおばちゃんに「どこから来たの?独り住まい?偉いわねぇ」
と聞いてもらえると、ここに独り暮らしの人なんてごまんといるだろうに、
なんだか嬉しくなってしまって、そんなエゴを自分でくすぐりながら数日過ごした。

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独り暮らしは初めてじゃない。大学生のとき、二年間独り暮らしをしたことがある。
希望していた大学に落ちて不本意ながら行くことになった学校、
それも入学式の一週間前に決まったので選べるような物件も残っておらず、
「コンロは二口がいいです」というと「大学生でそんな台所なんて贅沢だよ」
と不動産屋さんに言われて悔しい思いをしながら住み始めた記憶がある。
親に向ける顔もない、だけど生活費から何から、親に出してもらって住まないといけない、
恥ずかしくて恥ずかしくて逃げ出すように家を出たような感じだった。

部屋も、風呂もトイレも何もかもが実家のと比べて(当たり前なんだけど)ちゃっちくて、
こんなところに放りこまれるのか、とまるで悲劇の主人公みたいな気分になっていたな。
でも住み始めると不思議なもので、その牢屋みたいな部屋に戻ると
「あーおうちだ」と楽になったんだった。

幸い私は友人に恵まれて、大学ですぐにたくさん友達が出来たので
毎日飽きることなく過ごしたし、
狭い部屋でハンドミキサーやパイ皿など買い込んで、不自由ながらもお菓子作りをして楽しんだ。

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今回はその時よりもだいぶ広い部屋だし、コンロも二口あるし、
他のインテリアに選択の余地を与えないような黄緑色のブラインドもないし(笑)、
そろそろ家を出て自立したいと思っていたので、あまり迷いなく出てきた感じだけど、
引越に一緒に来てくれた両親が帰った瞬間、ほんのちょっぴり寂しくなった。

仕事で独り暮らししている友人はたくさんいるし、
近くにはいろんなお店があって人どおりもあるし。
なのになぜかそわそわしている自分がいる。

そう考えたら、大学生のころはあの田舎に、
周りに一人も知り合いがいない状態で独り暮らしを始めて、よく毎日過ごしていたなあ。
あのころの私のほうが強かったのかな。

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家を思い出す瞬間って予期していなかったときにやってくる。

トイレットペーパーって結構どんどん無くなるんだな、と思うと
「みんなどんどんトイレットペーパー使うんだから」と母がいつも言っていたことが分かった。
備品を買っていてくれたのは全部母だったんだな。

買ったばかりのバスタオルの新鮮な匂いが妙に安心できないのも不思議だった。
使い古してバリバリになるまでバスタオルを新調しないのにぶつぶつ言っていたけど、
そのバリバリ感がなぜか懐かしいって思ってしまう。

引っ越して、一通りのものを揃えに母と近くのスーパーに行った時、
「お味噌、だしが入っているものとかチューブのは楽やけど、あんたには普通のがいいかな」とか
「塩こしょうが一緒になってるやつが便利やけど、あんたはちゃんと別々に買いたいかな」とか
私が妙なところでこだわりが強いのを知っていて、母は遠慮がちに薦めてくる。
母が私に気を遣っているのが手に取るように見えて、それと同時に
私は母にこんなに気を遣わせてきたのか、とちょっと申し訳なくなった。
独りになってもう少し経ったら、母のことがもっと分かるようになるのかもしれない。

周りのこともそうだけど、自分の実家のこと、自分の癖、
そして何よりも母のことがよく分かるようになる、不思議な発見の連続だ。